輝けなかった”特別な”きみたちへ

一時期ちょっとだけ流行する、消費されていく女性シンガーの歌、みたいな音楽が好きだ。

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私は音楽が大好きで、特に洋楽のポップソングを小さい頃から好んで聴いている。

音楽の世界には、スターが現れる。昨日まで名前も知られず、誰にも耳を傾けてもらえなかったようなアーティストが、何かをきっかけに突然ミリオンセラーを飛ばしたり、グラミー賞獲得に至ったり、まさに一夜にして”アメリカン・ドリーム”を掴むなんてことがザラにある。

でもそんなスターの中でも、その座を何年も守り続けたり、「次のアルバムはまだか」と心待ちにされたり、死んだあとも”伝説”として名を残せるアーティストは、そんなに多くはないと思う。

例えば、マイケルジャクソンとかビートルズとかクイーンとか、彼らはスターだと思う。なぜなら私は彼らの曲の全部を聴いたことはないけど、没後何年も経っているにも関わらず名前くらいは知っているし、数曲は必ず「これCMで聴いたことある」と言えるものがあるし、何よりも彼らがスターとして広く世の中に認められているからだ。レディーガガやビヨンセなんかも、十分スターとして認められているんじゃないか?だって彼女たちはもうその地位を十分に揺るぎないものにしているから。彼女たちはもう「スターにならなきゃ!」なんて必死になる必要はない、だってもう世界のほうが彼女たちの虜になってしまっているのだ(私もその一人だ)。

スターは、スターであるから、スターなのだ。

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話が飛躍するが(今日は興奮しているのでこんな調子だ)、私は2000年代のポップミュージックとか結構好きで、特に2006~2008年くらいにヒットチャートを賑わせた女性ポップアーティストの曲なんか、昔録音したMDを引っ張り出して今でも聴いたりしてる。

ところで、そんなアーティストたちの中には、無名だった状態から代表曲が1,2曲めちゃくちゃ流行して、欧米ヒットチャートの20位以内にポッと突然入ったり、あるいは5位以内にドカンと入ってきて何週間かウロウロしたり、その波が日本にも流れてくると”R&B歌姫 MEGA HITS 2007″みたいな安っぽい名前のコンピレーションアルバムの中の一曲を飾ったりとか。そんな”黄金期”を持つアーティストがたくさんいる。(ちなみに私はそういうコンピアルバムめちゃくちゃ大好きだ、誰か買ってくれ)

でもね、彼女たちはマイケルジャクソンみたいなスターとは呼べないかもしれない。

彼女たちが一番輝いていた頃はその”黄金期”で、そのあとはあまり話題にはならなかったり、新曲も大きな流行にはならなかったり、翌年のグラミー賞には全然名前が挙がらなかったり、しばらく新しいアルバムも出ていなかったり。今でもときどきSpotifyやYouTubeで彼女たちの音楽を聴きながら、「今も音楽活動しているのだろうか?」「まだどこかで歌っているのだろうか?」と考えることがよくある。

アーティストが1年2年と同じ輝きを保ち続けるのは本当に難しいと思う。むしろ、たくさんいる中で大きな輝きを放って維持することなんてできない人の方が多いし、輝きすぎた自らの熱によって溶けて消えてしまう人もいる。

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また話は変わるが、私の友達に「自分は世間から見て特別な存在になりたかったけど、それは難しかった」と呟いていた人がいた。TwitterやFacebookのタイムラインを見ていても、”人と違った個性的な存在”になろうとする人はたくさんいる気がする。(私が卑屈でそう見えるだけなのか?)

そして、実は私にもその節はあって、”特別でありたい” “スターのように輝きたい” みたいな思いが、頭の片隅にあることは否めない。

でも時々、「何やってるんだろうなー」とも思う。いつか死んで50年も経てば世の中のほぼ全ての人の記憶から消えていくはずなのに、必死に”特別”になろうとすることになんの意味があるのだろうか?

50年前のヒットチャートの23位にランクインしたアーティストの音楽を、今どれくらいの人が知っているのだろうか?

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私はスターになりたいと思ってしまう人間だ。目立ちたいとか、”特別な存在”になりたいとか。多くの人も、そういう思いを持っている。そして、それが実現しない人の方が多いということも知っている。私も500年後まで世の中で名前を轟かせることのできる存在になれるかと言われたら、それはちょっと無理かも。

でも、世の中において”特別な存在”になれなくとも、今この瞬間において、誰かにとっての”特別な存在”にはなれると思う。誰しもが、図らずともそんな存在になっていると思う。

「自分は世間から見て特別な存在になりたかったけど、それは難しかった」と呟いていた友達は、今の私にとって大切で”特別な存在”だ。彼女が日々綴るすてきな文章を読むために、私は毎日彼女のブログを訪れる。更新が少ない時期はちょっとだけ寂しくなる。彼女はそんなこと、知らないかもしれないけど。

私の母さんは、自分にはなんの才能もないし取り柄がない、みたいなことを言う。そういうとき、私は怒る。母さんはすごいところたくさんあるから。私の定期券が切れる時期になるとちゃんと教えてくれるし(私はいつも忘れる)、服のセンスもよくて綺麗だし、勉強熱心でいろんな資格や習い事に挑戦するし、まじめで仕事場でも一目置かれる”特別な存在”だ。それがすごいことって、素直に認めてくれないけど。

いっときしか流行らなかった音楽も、世間で広くは知られなかった曲も、今では一発屋と呼ばれるアーティストたちも、私はずっと大好きで繰り返し聴くものがあるし、彼女たちは私の人生において”特別な存在”だ。生まれてきてくれて、あの一曲を作ってくれて、私の思い出のそばにいてくれてありがとう、とよく思っている。私が彼女たちの曲を聴いているあいだは、まぎれもない、彼女たちは私の偉大なスターだ。彼女たちにはこんなこと、伝わんないけどね。

広く世の中で輝くスターになれなくても、誰かにとってのスターであればいいよ。それが家族でも、友達でも、フォロワーでも、世界の端と端で離れた人でも、別にいいんじゃない。輝きの眩しさなんて、大きくたって小さくたっていいじゃん。必死に特別にならなくても、生きてるだけで、ありのままでいるだけで、図らずともきみはとっくに誰かの輝くスターになっているはずだ。少なくとも、私はそう思ってる。

 

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